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ある夏のカナダ
野田さんの厚意で、先夏(2003年7月〜8月)を過ごしてきたカナダの体験記を、ホームページに載せて頂けることになりました。コントラバスが好きなだけの一大学生にすぎない私に、こういった機会をあたえたくださった野田さんに、お礼を申し上げたいと思います。
全体に特にまとまりのない、無駄に長い文章になっていますので、疲れていないとき、暇なときに読んで頂ければ幸いです。
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自己紹介
僕が何者であるのか、気になる方もいらっしゃると思うので、簡単に自己紹介をすると、
現在東京のとある大学に通う大学生(男)。この文章を書いている時点では1年生。趣味はコントラバスで、大学のオーケストラに所属。高校時代は理系だったのに、入学願書を書きながら思いつきで文転して現在の大学に入学する、という、いかにも計画性のない人間です。黒魔術団リストの「たじくま」っていうのが僕です。群馬県出身というだけで、オケで「ぐんまくん」と呼ばれてたりします。
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いきさつ
カナダに行って来た理由といっても、僕の場合、高い志を抱えて単身渡航なんてことは絶対ありえません。残念ながら僕はそんなに行動力のある人間でも、真面目な学生でもないのです。
理由というのは、僕の大学が「インターナショナルがウリで、クリスチャンなことが特徴のユニバーシティ」で、この大学の、
“世界各国の大学と提携して行う、夏期大規模短期語学(英語)留学プログラム、その参加人数総数200人をこえるという一大イヴェント、通称・・・・・・・、”
という感じの留学プログラムに参加したのです。要は勢いでなんとなく、ってことですね。あんまり格好よくないですね。まあ、そんなものです、大学生。
ともあれ、そんなこんなで私はカナダのヴィクトリア大学(通称 UVIC ユービック, University of Victoria)に夏の一ヶ月半の間行ってきました。
さて余談ですが、カナダは私にとって最初の海外ではありません。海外経験は他に、イスラエル、アメリカ、イタリアに行ったことがあります(自慢)。カナダで初めてだったのは、家族と離れているということ(自立できてないから不安要素)と、長い(1ヶ月半)ということです。かなり不安と興奮がありました(もともと、心配性なんですが)。成田を発つとき、親友や先輩に携帯でメールを送って、返ってきたメールにとても励まされました。親友や先輩には、この夏の間、精神的に支えてもらって、とても感謝でした。
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場所
カナダ行ってきたよと言って、必ず聞かれるのが、「カナダのどこ?」という問い。そして同じく聞かれるのが「ヴィクトリアってどこ?」
というわけで、簡単に説明します。世界地図をみると、アメリカの上にカナダがありますね。その西海岸にたぶんヴァンクーヴァーって地名が書かれてると思います。そしてよく見ると、その隣にちっちゃい島があります。これがヴァンクーヴァーアイランドです。ヴィクトリアはこの島の下の方にあります。カナダ・ブリティッシュコロンビア州の州都です。でも言われなければ一生気づかない島、それがヴィクトリアです。マイナーですね。
ですがなんと、実はここにゲーリー・カーという人が住んでいます。
やっぱりマイナーですか?バス弾きなら、「へぇ」と言うこと間違いなしですが。
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カナダ到着
成田を発って数時間、日付変更線と短い夜を越えて、明るい日差しと海に浮かぶカナダの島々を見たときのあの感覚!飛行機から、これから自分の立つ地面を見るというのは、一種、独特の高揚感があるのです。そして、カナダのヴァンクーヴァー空港に着いて、スーツケースに傷もなく、無事に入国して・・・・、ではなく、荷物がどこにあるのか分からなくなったり(空港の案内が英語でよく分からないから)、一緒に行くメンバーがはぐれたり(もっとコミュニケーションを取ればよかったのに)、ヴァンクーヴァーアイランドまでの飛行機の乗り継ぎが良く分からなかったり(やっぱり英語が苦手だから)、なんてことがあったのです。しかしなんといっても入国審査。メンバーの中の何人かが入国審査官とトラブったのです。スーツケースに危ないお薬でも紛れていて、それを追及され、もうカナダには居られず、かといって日本にも帰れなくなるんじゃないか、という恐怖と緊張が、そこにいたメンバーに走ってたはずです。その、もめてるゲートの隣のゲートで、私は自分の入国審査を受けました。
審査官は、おもむろに僕のパスポートに一瞥を投げかけ、目を上げて・・・・・
“How are you doing?“
怖かったですね。隣でトラブルが起こって、いきなり「元気か?」なんて訊かれたら、普通、裏を読もうとして身構えるものです。しかも私は私で、パニックで、「なんて言ってるんだろう?フランス語なのか?ボンジュール?さばびあん!」と、大学生とは思えない恥ずかしい思考回路を最大出力で動かしていました。
そして、私は“Pardon? Pardon? Pardon? Please say one more time. please.“
数分後、審査官が諦めてくれたのか、呆れてくれたのか、全員入国できました。
さて、また余談ですが。ここで、ふと比べたくなるのがイタリア、ミラノ空港。夜遅く着いた私たちを審査官は怪訝そうに、・・・・・睨みませんでした。というより、むしろ、居ませんでした。夜だったので帰ったんだと思います。きっと奥さんのパスタの方が、日本人より魅力的だったんでしょう。入国審査なしで私はイタリアの地を踏みました。イタリアの地で外国人というよりも異邦人になった経験でした。イタリアって素敵な国ですね。
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ホストファミリー
飛行機を乗り継ぎ、ヴィクトリアに着くと、ホストファミリーとご対面。空港から、ホストファミリーとその家に帰るのです。私のホストファミリーは定年を迎え、子供たちは既に独立した老夫婦でした。二人ともいいひとで、とくにお父さんの方は、82歳(!)とは思えないほど元気な人でした。英語で有名な大学に行っているはずなのに英語の苦手な私に、夫妻はよく話しかけて来てくれました。留学生を受け入れ慣れている様子で、何かと助けてくれました。とてもありがたかったです。車の中で、静かにはしゃぐ私でした。
さて、家に着くとお父さんが、「飲むかい?」と勧めてきてくれた飲み物がありました。見るとそれは、赤い紙パックに入っていて、なんと漢字らしきものが書いてあるではありませんか。私も日本人のはしくれなら漢字も読めるはずと思って、よく見ると、やはりそれは漢字でした。しかも、やけに見慣れた(ような気がする)二文字。
「白鶴」。
もう、びっくりですね。白鶴は世界に羽ばたくのかと。もしや大関もあるかもしれない。イズ・ジャパニーズ・サケ・ポピュラー・アラウンド・ザ・ワールド?
とにかく私のホストファミリーはこういうファンキーな人たちでした。
ところで、彼らの家には6歳になるボクサーの女の子がいました。キレのあるフットワーク、華麗なステップ、底知れぬ体力、・・・・・。常に周囲へ注意を払い、スキあらば飛びつき、顔へと舌をのばし・・・・・。そうです、ボクサーっていっても犬です。彼女の爪に僕はポロシャツを一枚やられました。ザ・オーバーフレンドリー・ドッグ。
このようにホストファミリーに恵まれていたにも拘わらず、私には深刻な問題が押し寄せてきていたのです。到着翌日の午後、お父さんとサクランボを採りに行ったとき、青い空を見て、「この空が日本まで繋がってるのかあ」と私は独り感慨に耽りました。思い出される母校の風景、親友の声、大好きだったあの人の笑顔・・・・・・。
まあ、いわゆるホームシックになったのです。初日なのに。まだあと1ヶ月半もあるのに。前途多難だなぁと。
カナダに着いて数日後、ホストファミリーが、ピクニックに連れていってくれました。ビーコンヒル・パークという、海のすぐそばの公園でした。この公園がまた広くて、どこに何があるのか分からないようなところでした。すぐそばにビルもあるというのに、この公園は自然がたくさんで、リス、タカやサギみたいな動物や鳥が住んでいました。ヴィクトリアで最高の高さを誇るトーテムポール、野外音楽堂などもあり、面白い場所です。行ったときは晴れていて、犬と散歩している人、家族で遊んでいる人や、結婚式を挙げている人もいました。
ピクニックには、普段は別に住んでいる息子さん夫婦と娘さんが来てくれました。本当にこの家族というのは陽気な、というかクレイジーというかファンキーという形容の似合う家族です。一見真面目そうで、話始めるとジョークはキツめというのが、この家族の共通点。しかもそのトピックは、とんでもなく下らないものから、高度な政治にまで及んでいたので、理解するには、結構な知識が必要でした。
ところで、息子さんの趣味が興味深かったので紹介します。彼は、「中世研究会」なるものに所属していて、中世ヨーロッパ風のアイテムをコレクションしたり、メンバーで集まって決闘したりするそうです。言われてみると、着ているものが確かに中世でした。シャツも、チョッキも、マントも、バックルも、サンダルも。よくぞ、という感じです。これの日本版を想像してみると、普段から袴穿いて、ちょんまげ結って、中央線に乗って、皇居でチャンバラしたりするわけですから、すごいですよね。
こんなことを書いていると、この一家がものすごくいいかげんそうな人たちに思えてきますけれど、こっちが恥じ入るくらい思慮深い一面を持っています。
たとえば、お父さんは実はドイツ人で、アメリカで学位を取り、現在カナダに住んでいます。アメリカにも家があって、今もよくアメリカに行くそうですが、アメリカに対しては、とても批判的な姿勢と、意見を持っています。宗教に関しても、伝統的にクリスチャンの多いカナダにあって、無神論を貫いています。私が、曲がりなりにもクリスチャンで(本当に不良クリスチャンなんですが)キリスト教系の大学に通っていると言うと、何故神を信じるか、根拠は何か、意味は何かと尋ねてきました。私はうまく答えることが出来ませんでした。
家族で、ニュースを見たり政治の話をするとき、お父さんもお母さんもみんな、自分の意見を持っていました。政治、宗教など、考えるべき問題については考え、議論するのが当然という雰囲気さえ感じられました。普段、悠々と大学でモラトリアムを過ごす私には良い刺激となりました。
一番ファンキーという感じの息子さんも、大きな問題を抱えている人でした。奥さんと結婚して一年もたっていないのに、奥さんがガンを発症して苦しんでいたのです。息子さんも奥さんも、ピクニックの時には全くそんなことを感じさせませんでした。ピクニックのあとで、お母さんからそのことを聞いたとき、とてもショックでした。
してみると、カナダにいたとき、周りの人たちは総じて、よく考える人だったと思います。その内面はよく見えませんが、ふとした瞬間にはっとさせられることばかりでした。
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猫
僕は猫が好きです。あの小ささも、裏の甘えかたも、ミステリアスなところも。いきなり何かと言いますと、ホストファミリーの娘さんのお宅にお邪魔したとき、そこに猫がいたんですね。ちょっと高飛車なシャム猫が2匹。これがカナダで初めて会った猫だったものですから、気持ちが高まります。でもはしゃぐと逃げますから、冷静を装って猫がよってくるのを待つんです。・・・・と、1匹が膝の上に乗ってくれました。すると、ホストファミリーが驚きました。何故かって言うと、僕の膝の上に乗っかった猫は、人見知りが激しくて、初めての人には絶対に近づかない、とか。これを聞いた瞬間に、猫好きなら、天にも昇ります。いや、もう満足です。このためだけにカナダに来ました。ええ。
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大学の施設・設備など
キャンパスとかは、まあ、でかい、ですよね。おお北アメリカ大陸、って感じで。どのくらい大きいんでしょう?とにかく大きいです。僕たちの大学も日本の中では最大級なはずなんですが、それを遙かに凌駕します。ざっと大きさを表すと、
・ バス停が構内に3カ所。ヴィクトリア大学を目的地とするバスのルートが8カ所。
・ 森がある。(僕らの大学にも森はあるけど・・・・。)
・ 大きなカフェテリア(食堂)が2カ所。
・ 寮が10個くらい。
・ 端から端まで歩くと、半日無くなる。
・ 道を間違えると、歩いて学校から出られない。
・ 大きい駐車場が4つくらい(それぞれ三桁くらいの台数は駐車可能)。
・ 野良ウサギがいる。
・ リスもいる
・ カモメも来る。
まあ、大きいですよね。
あと、施設が充実しすぎてます。書店とかはもちろんですが、気になる施設として、ヘアーサロン、コンピューターショップ、ピザ屋、ハンバーガー屋、旅行代理店、ヘルシージュースの店、美術館、映画館、ナイトクラブ、酒場。
あれ、ここ大学ですか?と問いたくなる施設の数々。でも、しっかり学割が出来たりします。なんと映画館は5ドルでした。(なので、ついついマトリックスを2回見ました。)
ここのヘアーサロンで、私は生まれて初めて髪を染めたんですが、床屋って結構怖いですよね。日本語でも失敗するのに、英語だったらどうなるの?もしかして坊主にされるの?みたいな。まあ、結果オーライでしたけれど。大学の中の床屋なんて初めてでしたので、ほんとに新鮮でした。
とにかく、外国だと大学が街みたいになってる、という噂を実感しました。
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授業
大学の授業は、語学研修だったせいもあり、20人くらいの小さいクラスに教師が2人(1人1時限)で教えるというスタイルでした。授業スタイル自体は、僕の大学の英語の授業とあまり変わりません。
大きな違い、まあ当たり前といえば当たり前ですが、クラスメートは世界各地から来るわけです。というと、訛りも、その地域の訛りになるわけです。何かというと、つまりリスニングはかなり困難でした。国とか地域によって、共通の発音の癖とか、イントネーションがあって、大変です。スペイン語のノリで英語を話されたり、韓国語の発音で英語を話されたり。彼らにしてみると僕たちのジャングリッシュは非常に聞き取りにくかったんだろうなぁ、と。しかも、これは同国人同士だと通じてしまうから、さらに大変です。「多少発音が悪くても通じるだろう」の考えは、ともに英語を母国語としない人同士では、無力です。かといって、英語以外で意志が通じるでもなし。発音は大切だなと思わされました。
ところで、その国の文化を知るためには、発音(全体的な抑揚なども含む)は決して無視できない要素です。発音は、その言語の使用者に音としての印象を与え、感知できないけれど、強い影響をあたえるものです。この点の認識が欠けている人は多いし、確かに彼らの意見ももっともですが、すくなくとも西洋音楽を嗜む者として、音を扱った芸術を愛する者としては、この点に於いても精進したいと思います。(といっても、英語さえおぼつかない私ですが。)
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寮生活
1週間の短いホームステイのあと、僕たちは、寮に移りました。寮といえば即ちルームメイトですが、僕のルームメイトはカナダ人でした。
ところで、カナダには公用語が2つあります。それが英語とフランス語です。西海岸で英語、
東海岸でフランス語がそれぞれ主流になっていますが、僕のルームメイトはこの東海岸の方から来た、フランス語が母国語のカナダ人でした。
カナダ人といっても、見た目も名前も行動もフランス人っぽい感じで、言われなければフランスから来たように錯覚してしまうような、好青年でした。
そんな彼は、なんと音楽好きです。クラシックからハードロックまで、何でも聴いてしまうけれど、特にラグタイムがお気に入りだとか。彼自身もフルートとピアノをやっています。彼の家族も音楽一家らしく、お兄さんは絶対音感があるとか、その恋人はプロのフルーティストだとか、聞いていて羨ましくなりました。カナダにいた間、彼の演奏が聴けなかったのは残念でした。
さて豆知識ですが、英語で Bath room っていうと、トイレも指します。つまり、トイレも風呂も区別がありません。そんなわけで、この寮のシャワー室は、トイレと一緒の部屋です。しかも、共同使用です。ホテルの個人用ユニットバスならいざ知らず、いまだかつて、共同浴場と共同便所が一緒になってる空間なんて想像さえしなかった僕ですが、この事実を前には、受け入れるしかありませんでした。これ、潔癖性の人には大変だろうなあ。
さて、寮になってから朝ご飯も学食になりましたが、大学の学食がまずいのはよくある話。しかも高いというのもよくある話。ここでも、この法則は成り立ちました。ですが、それらはよくある話として置いておきましょう。問題にしたいのは、夕食の時間です。カフェテリアが閉まるのが7時。カナダの夏の日没が9時ころ、翌日の朝ご飯が8時。夕食のあと、翌日の朝食までの時間が13時間で、朝食は西欧風(つまりはコーンフレーク)。どう考えても午前中、エネルギー不足なんですが・・・。この状況に対し、アルコールで夜間のエネルギー不足分を補う学生がいたという話もありますが、定かではありません。
カフェテリアについて、ちょっとびっくりした光景。カフェテリアのおじさんが、ひょこっとやって来たカモメを餌付けしていました。カモメもおじさんの投げたものを食べてるし。不思議の国の入り口に立ってしまったかのような感じ。
ともかく、寮生活はこんな感じでした。
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バス
ヴィクトリアには電車がないので、移動は専ら車に頼らざるを得ません。前述の通り、大学はバスターミナルと化していますので、街に出かけるにも、島から出るにも、バスに乗ることが必要になってきます。ということで、バスはよく使いました。
バスの料金は日本より若干安いように思います。でも、ぴったりの小銭かバスチケットを用意しておかないと確実に損します。なぜなら、このバスは日本のと違って、お釣りが絶対出てこないから。お札しか無い場合には、乗車賃の2倍以上もチップとして取られてしまい、とっても損した気分になります。自動販売機でも両替機でもそうですが、カナダのお金を扱う機械は、日本と比べて大分大雑把です。お札が使えないのは常識です。両替機に至っては、両替してくれる確立が10%もないので、両替機と格闘してると、自分が危ない人に見えてきます。寮の洗濯機も25セント玉が5枚ないと動かないようになっていたり、やたらと小銭を使いました。でも両替機は動きません、っていうパラドックスですね。
さて、バス自体は、大きくて低いです。そして良く揺れます。2階建てバスとか、階段を上っているときに揺れると怖いです。
で、面白いのは降りるとき。ブザーはボタンのものもありますが、基本的には紐を引っ張って知らせるようになってます。でも一番問題なのは、次のバス停がどこだとかいうアナウンスが無いこと、っていうかアナウンスが全くありません。慣れてしまえば、静かな車内という落ち着いた雰囲気を味わえますが、初めて使ったときには、「どこで降りるの?あれ、行き過ぎた!?」ってことになります。実際、帰れなくなるかと思ったことも。日本のシステムがお節介なのか、こっちのシステムがぶっきらぼうなのか、判断に悩むところです。
バスが低いことと関連して、全てのバスで、車いす用のスペースが作れるようになっています。この辺りの設備の充実さは、日本にも導入すべきところです。コストとか、道路自体の広さとかの問題もありますが、それにしても、日本にはこういった設備が少なすぎます。
バスに限らず、スロープとかエレベーターといった設備はよく見受けられました。例えば大学内では、すべての建物にスロープとエレベーター、自動ドアがついていました。車いす用の設備が特に目につきましたが、これが象徴的でした。
障害者用の施設といっても、目につきやすい車いす用だけが導入されているという批判もありますが、それにしても、これだけの数と面積を割いているということは、評価すべきでしょう。
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街
ヴィクトリアで街というとダウンタウンしかありません。そこ以外は森か浜辺か広場です。で、このダウンタウンがまたいい街です。雰囲気としてディズニーランドを想像して頂ければいいと思います。あれをもう少し現実世界の色に染めた感じですね。観光客が多いです。ということはつまり、きれいだけど、おみやげ屋さんが多いってことも暗示します。メインストリートはおみやげ屋さんばかりでした。地元の人は絶対に買わんだろうと思われる品(例えば、カナダって書いてある鞄とかキーホルダー)の数々がよく見られます。なぜか凧とか日本のおみやげもありました。カブキタクシーなる人力車(自転車)もあって、すこしエキゾチックです。(日本という国が誤解されているのは、21世紀らしくないですけどね。)
ですがダウンタウンをディズニーランドっぽくしている最大の要素はおみやげ屋さんではなく、エンプレスホテルとブリティッシュコロンビア州議事堂、そして湾(インナーハーバー)です。
エンプレスホテルは、古い歴史とヨーロッパ風の格式のある、いい感じのホテルです。ヴィクトリアはブリティッシュコロンビア州の州都なので、議事堂があります。この議事堂がイギリスの宮殿みたいな雰囲気をもっていて、その前庭とともに、辺りを独特の空気で支配しています。インナーハーバーは、エンプレスホテルと議事堂のすぐそばにあって、夏の明るい日差しを反射させながら、船や飛行機を浮かべています。ヴァンクーバーから飛んできた飛行機が着水する瞬間はディズニーのアトラクションみたいです。インナーハーバーのまわりには、ストリートパフォーマー、露天商がたくさんいて、活気でいっぱいでした。
さて、この街で意外と目につくものは、ストリートパフォーマーだけではありません。なぜか、恋人同士のように手をつないだ男の人たち、女の人たちが街を歩いています。実は彼ら、「恋人同士のように」ではなく、「恋人同士」です。そういう人が多いです。日本では見られない風景ですが、これは個人主義と、個性の尊重の一つの結果でしょう。
少なくとも私の目には奇異なものに映りましたが、これは慣れなんでしょうか?
あとダウンタウンで、忘れてはならないのが、チャイナタウンです。広い通りから狭い路地まで、いろんなものが売っています。大きな朱塗りの門や漢字で書かれた看板はここがどこであるかを忘れさせます。狭い路地に入り込むと、小さな空間にたくさんのお店。この雑然とした様子が、一つの雰囲気の中に統一されている感は面白いです。狭い路地ならではの雰囲気というのは楽しいです。ただ、初めて行ったときは迷子になって、一人では帰れませんでしたけど。
ヴィクトリアとかブリティッシュコロンビアはその名前からして、イギリスっぽい雰囲気がしてしまうかもしれません。確かに、そんなところはあります。でもカナダは基本的にはアメリカと同じように多国籍な国です。一つの文化が深められているんじゃなくて、いろんな人がいて、いろんな文化がある。ダウンタウンには、そう思わせるものがありました。
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ストリートパフォーマンス
街角でヴァイオリンを弾く人も、パーカッションを叩く人も、銅像みたいに動かない人も、みんな「パフォーマンスしてるという意識」を持っていました。つまり、常に外を向かっているんです。決して自分の世界に入るんじゃなくて、道行く人に語りかけるパフォーマンス、それが彼らのパフォーマンスでした。
ともすると、ビラ配りの仕事みたいに通行人に相手にされない孤独で、自分の世界に籠もってしまうパフォーマーがいますが、ヴィクトリアにはそういう人が少ないように思いました。その孤独の恐怖に耐えて、自分の前に足を止めてくれる人に対して語りかける姿勢は、考えるところが大きいです。
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音楽?
楽器を持っていけなかったのでカナダではコントラバスを弾けませんでした。その一方で、オケの友達は、それがアメリカであれカナダであれニュージーであれ、ヴァイオリン、ヴィオラと、どこでもいっしょ、ずーっと一緒・・・・。
僕は、大学受験のときでさえ、週に何回か楽器を触っていた、ベース弾きたい症候群の男ですから、やたらと欲求不満になります。
もちろん本屋で“Double Bassist”なんていう雑誌を見つけようものなら、即買いです。
そんな状況下で、もってきたMDでベースばっかり聞いていると、遂にオルケストラ・ド・コントラバスで泣けちゃいました。(末期症状ですね。)
カナダの生活が3週間ほど過ぎたある日、ベース弾きたい症候群がピークに達した私はエレキベースを買ってしまったのです。前述のホストファミリーの息子さんが働いている楽器屋で。
指板がエボニーのフレットレス、メイプルネックで表板がセダーのホロウボディ、塗装はナチュラルに木目を出した、「いかにも」なエレキベース。音も太くて、エグいような渋いような感じ。楽器屋のお兄さんが持ってきて、アンプに通した瞬間に、「ああ、これだ」と、決めてしまいました。
友達からは奇異の目で見られ、ルームメイトからは FUNNY と思われ(ていたらしい)、日本の友からはロックだと言われ、加えて、帰りの飛行機どうしよう?なにより、どうやって両親に言い訳しましょうね?
「カナダでベースを衝動買いする僕って何?」と打ち寄せる反省と悔恨。お父さん、お母さんごめんなさい。若いって怖いですね。
話は変わって、ある日、僕は大変なことに気づきました。大学のホールで、ゲーリー・カーのコンサートがあったじゃないですか!でも「あった」んです。
遅かったですね。終わってました。ゲーリー・カーとニアミスに終わりました。なんか悔しいです。
してみると、カナダで聴いたクラシック(っぽいもの)はヴィクトリアシンフォニーが湾でやった屋外コンサートだけです(しかも映画音楽が中心のプログラム)。電飾に彩られた夜の州議事堂と暗い湾に浮かぶ船とその上に乗っかるオーケストラは、エンターテイメント以上でも以下でもないですね。
かといってナイトクラブに行ってジャズを聴いたわけでもなし、僕はカナダで何を聴いていたんでしょう?
してみるとストリートパフォーマーたちの街角の音楽が僕の聴いたカナダの音楽でした。市場でカントリーを弾く人たち、道でクラシックを演ってる人たち、パーカッションを叩く人が、一番生々しい音楽の記憶かもしれません。
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自然と動物
カナダといったら、大自然はついてまわるイメージだと思います。実際、日本からやってきた身としては、自然が豊かだというのは感じました。飛行機から見たヴァンクーヴァーの市街地のとなりに大きな森があったり、ヴィクトリアも道路脇には木がたくさん、という感じです。ですが、これらの自然がありのままであるかというと、答えは
NO であるとおもいます。確かに緑はたくさんあるし、海もあるけれど、なにかしら人間の手は入ってしまっています。それが、時には保護という名の下に。
では、何によって自然を感じるか。それが、動物でした。
カナダの動物というと、大学の中にいたウサギとリスが、思い起こされてしまうんですが、僕に自然を感じさせた動物は、鹿とクジラたちです。
ある日、街からずっと離れた灯台へ行ったときのこと。
この灯台はカナダの歴史を物語るものの一つらしく、かつては砦としても使われていたもので、海から少し離れた森の近く、少し高い崖の上にその名残の建物がありました。その建物から、森と海を見下ろしたとき、鹿のつがいが、それほど遠くないところに見えました。人間にこれだけ近いところにいて、人間から自由になっている鹿は、曇った空の下で、寂しいような海を見ていました。僕はなにかのメッセージを受け取ったわけではありませんが、その絵は、記憶の画廊のなかの大切な一枚になっています。
鹿との出会いが、やや淡々としたものであったけれど少し特別であったのに対し、クジラたちとの出会いはありふれたホエールウォッチングでした。けれど、劇的でないものが、その価値を全て失ってしまうものではありません。
ダウンタウンの港から、ボートで沖に出て、周りに海と空以外何もなくなると、遠くにアメリカの山々が見えました。そして、クジラには長いこと待たされました。
ボートをずっと走らせて、時間が過ぎていって、予定の時間を超えたとき、突然できた鳥山の下から、すこし小さな背びれが海面を割りました。ああこんなところにいるんだな、という妙な現実感みたなもの、だったと思います。普段は北極星に住んでる宇宙人みたいに、なんのつながりもない、クジラみたいな生き物は、眼前にいるということ。急になにかが繋がっているような気が起こるけれど、夢みたいなもの。この、なにか知れないものが、僕にとっての自然の本質だったじゃないかと、今になって思います。
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アート
おみやげとしても知られる、ネイティヴアートはカナダを代表するアートの一つです。生き物をモチーフに、整った直線と曲線の歪んだような描写、とでも言うべき、独特な伝統芸術があります。おみやげやさんに行けば、目につかずにはいない、存在感。グロテスクなんだけれど、なにか捕らわれたような感じを受けました。もしかしたら、何か呪術的なものにかか
アートっていっても僕が見たものは、商業的な意味合いが強い、今はもう本当のカタチを失ったものかもしれませんが、とにかく、何か惹きつけるものがありました。商業的なカタチになってさえ、それでもなお、何か訴えかけてくるような気がするのは、もともとのアート(それが生活と結びついていたときの)が、それほどまでに力強かったからでしょうか。
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帰国
最後の授業が終わり、修了記念パーティーが過ぎ、寮の仲間が次々と帰国していくと、この夏の終わりを感ぜずにはいられませんでした。なんだかんだで、1ヶ月半が経ってしまったんだという寂しさがありました。日本は恋しいし、帰りたいんだけど、なにか胸に空いたものがある。目の奥が少し熱くなる。カナダのまっすぐな日差しの下で、複雑な感情が起こりました。
スーツケースにものを詰めて、なんにも無くなった寮の部屋をあとにして、一緒に日本に帰る友達とバスに乗って、カナダに残る友達に見送られて、飛行機に乗って。
いい経験したんだなぁと、思います。
ところで、帰りの飛行機で隣の席に、日本人の方がいらっしゃったんですが、何を思ったんだか私は「日本語お上手ですね」と言ってしまったのです。見た目が日本人でも日本語を話すとは限らない世界に浸かってしまったせいですね。もしかして逆カルチャーショックです。
成田に着いて、最初に思ったことは、「曇ってて湿気が多い」、次に、「みんな髪が黒い」、そして、「なんで日本語通じるの?」 逆カルチャーショックってあなどれないですね。日本がこんなに特異な国だとは思いませんでした。多様性の密度ともいうべきものが少ないように感じました。確かに十分な多様性をもっているし、ただ違うだけで良くも悪くも無いけれど、多様性の密度が、違うんです。こういう印象が日本にあるっていうのは、意外でした。
幸いに、逆カルチャーショックは、面白いなぁと感じる程度ですみました。日本の大学は確かに懐かしいし、アパートの部屋も見覚えがあるし、友達も居るし。でも、たった1ヶ月でこんなに感じ方が変わるのなら、1年とかいるとどうなるんでしょうね。いつかやってみたいと思いつつも、しばらくは日本に居たいと思います。日本でやりたいこともたくさんあるし。次回そんな機会あったら、今度はコントラバスを持っていきたいですが、これは難しいかもしれませんね。
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最後に
野田さんから、カナダ体験記のお話を頂いてから、大分時間が経ってしまいました。秋はコンサートとか文化祭が忙しかったということもありますが、主に私の性格のせいです。楽しみにしていらっしゃった方に、心からお詫びを申し上げます。
時間がかかった割に中身は薄いものですが、ほんの少しでも、一文でも一語でも面白いと思って頂けたら幸いです。
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