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ジャン・フランセ氏は、ラヴェルやプーランクに続く作曲家です。
ドイツではマインツにあるショット出版社がフランセ作品を取り上げていました。その接点となっていたのがクラウス・ライナー・シェル(Klaus Rainer Schoell)氏です。
私が、1982年「ハイドンの主題による11の変奏」、1983年「Mozart new-look」と続けて世界初演した2作品は、シェル氏の依頼で作曲されたものです。私はシェル氏率いるマインツ管楽アンサンブルに属しており、フランセ氏が私のためにコントラバス作品を書いてくれるという幸運に恵まれました。その2回の初演は、どちらも気候の良い6月、ラインガウ・ワインで有名なドイツの Kloster Eberbach (クロースター・エーバーバッハ)で行われ、フランセ氏は両年続けて演奏会に姿を見せました。
後にフランセ氏は新しいアンサンブル名をシェル氏に贈り、「アンサンブル・アマデー」と改名しています。「アマデー」とは、フランセ氏が尊敬していたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを指しています。
「コントラバス独奏と木管10重奏の為のドン・ジョヴァンニのセレナーデによる小さな幻想曲」という長い副題を持つ「Mozart new-look」、83年6月5日の初演を皮切りに、すでに公演数100回以上に達しています。
マインツ管楽アンサンブルは、ドイツ各地をはじめイタリア、オーストリア、フランスで演奏してきました。フランセ作品が中心の演奏会ではフランセ氏自身が共演することが多く、私は氏と何回も共演する機会を得ました。枯れて甘い声、度の強い眼鏡の奥にひかる鋭くも優しい目、自分の音楽の音色を説明するときの表現等、実際に体験できたことは幸せでした。
フランセ氏は、世の中に迎合せず、自分の世界をまもりつづけた作品を数多く書き上げました。フランス語以外は話さず、鋭い目を持ちながらそれでいて常にウィットに富んだ方でした。楽器の奏法や特長については膨大な知識量で、それぞれの楽器の性格を作曲に生かされています。
1997年6月、 初演の行われたクロースター・エーバーバッハで、彼の85才の誕生日を祝って演奏会が催されました。例の2曲もフランセ氏の前で再び演奏できました。当日共演した氏は、すでに歩行がかなり困難でしたが元気に演奏され、「これが私の最後のピアノ演奏です」という言葉のあとに、アンコールとしてシューベルトの「子守歌」を弾かれました。この「子守歌」は彼の人生を全て語り尽くすような感動的な演奏で、聴衆を涙ぐませました。そして氏はその2週間後に倒れ、9月27日早朝に亡くなりました。
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