写真集:
フランクフルトのザクセンハウゼンに立つ「像の塔」。中世では牛飼いの住居。
ヒンデミットは20世紀ドイツを代表する作曲家。1956年にウィーン・フィルとともに初来日し、その7年後にフランクフルトで亡くなった。フランクフルト近くのハーナウ(グリム兄弟の出生地)に生まれ、フランクフルト・オペラの指揮者およびコンサート・マスターを勤めたこともある。先輩のリヒャルト・シュトラウスが後期ロマン派の爛熟を極め、シェーンベルクが極端に主観的な表現主義に進んだのに対し、彼は常に客観的即物的な立場をとり、構成的で多様な作品を多く残した。代表作に交響曲「画家マチス」がある。
コントラバス・ソナタは彼の円熟期である1949年の作。3つの楽章から成るが、終曲に当たる「リート(歌)」が付いていて、第4楽章に準ずる構成。1つの中心楽想が全曲を支配する一種の循環型式で作られている。
ちなみにヒンデミット夫人はプロの舞台女優、歌手、チェリストであり、アマチュアのコントラバス奏者でもあった。
彼の趣味は鉄道並びに鉄道模型。ヒンデミット夫人のために作曲された、[Stuecke fuer Kontrabass solo]は実に変(?)な曲だ。楽譜には列車時刻表のような書き込みが沢山ある。夫人が語りや演出をつけて演奏したと思われる。マインツのSchott 社から出版されている。(ED8378)
譜例:
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メルヒェン・オペラ「ヘンゼルとグレーテル」の作曲家としてあまりにも有名なフンパーディンク。ワグナーの影響を強く受けた。ケルンの南、車で約30分の距離にあるSiegburg(ジークブルク)の生まれ。フランクフルトでの生活が長く、彼の遺物の90%はフランクフルトのゲーテ大学図書館に保存されている。
フランクフルトではグリューネブルグ・ヴェークがグリューネブルグ・パークにぶつかる角の家に住んでいたことがある。またその家には「シュトゥリューベル・ペーター(もじゃもじゃ頭のペーター)」の作者ハインリッヒ・ホフマンも住んでいた。
その建物の1階はレストラン「フンパーディンク」、フランス料理のグルメレストランだった。1990年頃、2人でワインを1本空けてフルコースで5万円ほどかかったが、値段相応の大変に美味い店だった。その後同名レストラン「フンパーディンク」に変わったがこれは直に店をたたんでしまった。当時はフランクフルトにグルメレストランが多くあった。「ル・ミディ」(あのドメニコがいたところだ!)、「ブリュッケン・ケラー」、「ビストロ77」・・・その中でも「フンパーディンク」と「ル・ミディ」は50mしか離れておらず、その質を競い合っていた。
またその付近の小学校はフンパーディンク小学校といい、私の娘が通っていた。彼女の祖父、つまり私の義父は増井敬二である。運命とは面白いもので、彼は日本初の「ヘンゼルとグレーテル」全曲演奏の時のプロデュースをした人なのだ。その時の父親役は今を時めくソニーの大賀会長である。私の娘はフランクフルトオペラの子供コーラスに入っているので、「ヘンゼルとグレーテル」にも出演している。